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ゴーヤのカーテン2

 さて、副題について、もう一言必要でしょう。「あるがままに」という言葉は、森田療法の基本概念です。

 三〇代から四〇代にかけて、いろいろと悩みも多くーこれは当然でしょうね。自分の可能性と現実と。そのどうにもならない悩みを何とかしようと努力したことを思い出します。

 日曜日の朝には、お寺におまいりして五時からの座禅に参加したこともあります。しばらくは禅の研究もしました。

 自立訓練法というものにも凝りました。テープに吹き込んで、「今力が抜けていく。力が抜けていく」と、腕や体中の力を抜くよう努力もしました。でも、なかなか緊張はとれませんでした。そんななかで、森田療法にも出会ったのです。と言っても、本で読んだだけですが。

 したがって、森田療法については、詳しく述べることはできません。その奥深さや、実際の治療などについては、素人が云々できることではないでしょう。ただ、ひとつ次のようなたとえ話には、なんとなくわかるような気がしました。

 森田先生の『神経質の本体と療法』には、次のたとえが引用されています。

「寒暑到来いかに回避せん」という問いに対して、洞山禅師は、

「無寒暑のところに行けばよい」と答えた。

 つまり、「寒いときには汝を寒殺し、暑いときには汝を熱殺せよ」。凍え死んでも、熱中症で死んでもいいではないかというわけでしょう。

 実際には、そんなわけにはいきません。しかし、暑い暑いと逃げてばかりいても仕方がないということでしょうか。

 いろいろと本を読みあさっていたとき、この話が十分に理解できていたとは思えません。しかし、今は、なにか身近な感じがします。というのも、「あるがままに受け入れる」という言葉をつぶやくと、腹式呼吸ができて、なんとなく気分がゆったりするような感じがするのです。

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ゴーヤのカーテン

 テレビの番組でした。なんというタイトルだったかは覚えていません。ある自治体で、エコ活動の一環として、窓の外にゴーヤを植えることを提案。苗を無料で配っているということでした。

 夏になると、南むきの家は、大変暑いのです。庭の照り返し、そして道路の熱気までも入ってきます。たまらない暑さです。

 「そのあたり一面に水をまいてやろうか」と思って、水をまいても、暑さがしのげるのはほんの一瞬です。水をまいている間だけかもしれません。

 昭和ヒトケタは、損な性質ですね。扇風機はともかく、クーラーにはまったくなじめないのです。自分の家は涼しくなるかもしれないが、その熱気を外に出して、近所に振りまいている。おかげで外気はどんどん熱くなる。だからさらにがんがんクーラーを回す。そんな悪循環についていけないのです。

 いや、それもあるけれども、もっと大事なことがあります。窓を閉めて、カーテンを引いて、部屋の中に閉じこもっている。そのようなことに慣れていないのです。まったく息がつまってしまいます。

 そこで、これはいい話だと、近所のホームセンターに行って、ゴーやの苗を買ってきました。「沖縄ゴーヤ」と「ほろにがレイシ」と二種類あったので、それぞれ三本ずつ買ってきました。プランターも大き目のものを二つ買い、3x5メートルのネットも買ってきました。

 二階のベランダからネットを吊るしました。朝晩かかさず水をやって育てたところ、ぐんぐん大きくなって、窓全体を覆うようになりました。

 毎日35度を越す記録的な暑さでしたが、庭のの照り返しに悩むこともなく、そして、クーラーを日中に使うこともなく、過ごせました。朝のサラダには、ときどきほろ苦いゴーヤも入っていたのです。

 緑のカーテンの断熱効果はすばらしいものでした。それに何よりも、緑の光はなんとも心の休まるものでした。

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はじめに

 長かった夏も九月も中旬になって、朝晩は少し涼しくなりました。どうやら07年の暑い夏も終わりに近づいたようです。

 「ボケないで生きぬく2」を七月に終えてから、もう二ヶ月もたってしまいました。実は前回のおよそ半分を占めていた「本物の英語の勉強」という記事を、もう一度見直しているうちに、これならば商業出版にできるのではないかという気になってしまいました。私の五〇年の教育経験を基に、いろいろと書き加えながら直しています。

 まだまだ完成には程遠いのです。それに、出版してくれるところはまだ見つかっていません。しかし、「常識をくつがえす」という副題をつけると、出版社も話しにのってくれるのではないかと、あわい希望かもしれませんが、今手直しをしています。

 さて、秋風とともにブログが懐かしくなってきました。「英語の勉強」の校正は進めながらも、新しいブログを続けていきたいと思っています。

 このシリーズの3は「あるがままに」と副題をつけました。今の住所に引き越してきてからもう六年もたち、新しく生まれた近所の子どもたちが、幼稚園に通いだす時期になり、その成長振りをみていると、だんだん肩の力が抜けてきたのです。

 そういえば、「今年こそはと思うことなきにしもあらず」という正岡子規の句があります。明治29年正月の作と出ています。

 その「今年こそは」と、意気込んで考えなくてもよい人生になったのです。「肩肘を張る」ということばがありますが、そんなことをしなくても、今あるがままに生きていこう。そう自然に思えるようになったような気がしています。

 そのことをかみしめながら、この第三シリーズを書き進めて生きたいと思います。いつも読んでいただいている方々に、心からの感謝の気持ちを捧げながら。

 なお、ブログのデザインを帰ることにしました。木村ほのかさんの「水辺の蛙」は、次の世代のおたまじゃくしを温かく見守っている親蛙の姿が象徴的です。そのデザインをつぶさないような文章を書いていきたいと思っています。

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