ゴーヤのカーテン2
さて、副題について、もう一言必要でしょう。「あるがままに」という言葉は、森田療法の基本概念です。
三〇代から四〇代にかけて、いろいろと悩みも多くーこれは当然でしょうね。自分の可能性と現実と。そのどうにもならない悩みを何とかしようと努力したことを思い出します。
日曜日の朝には、お寺におまいりして五時からの座禅に参加したこともあります。しばらくは禅の研究もしました。
自立訓練法というものにも凝りました。テープに吹き込んで、「今力が抜けていく。力が抜けていく」と、腕や体中の力を抜くよう努力もしました。でも、なかなか緊張はとれませんでした。そんななかで、森田療法にも出会ったのです。と言っても、本で読んだだけですが。
したがって、森田療法については、詳しく述べることはできません。その奥深さや、実際の治療などについては、素人が云々できることではないでしょう。ただ、ひとつ次のようなたとえ話には、なんとなくわかるような気がしました。
森田先生の『神経質の本体と療法』には、次のたとえが引用されています。
「寒暑到来いかに回避せん」という問いに対して、洞山禅師は、
「無寒暑のところに行けばよい」と答えた。
つまり、「寒いときには汝を寒殺し、暑いときには汝を熱殺せよ」。凍え死んでも、熱中症で死んでもいいではないかというわけでしょう。
実際には、そんなわけにはいきません。しかし、暑い暑いと逃げてばかりいても仕方がないということでしょうか。
いろいろと本を読みあさっていたとき、この話が十分に理解できていたとは思えません。しかし、今は、なにか身近な感じがします。というのも、「あるがままに受け入れる」という言葉をつぶやくと、腹式呼吸ができて、なんとなく気分がゆったりするような感じがするのです。
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