最後の一葉4
最後にもうひとつ、The Gift of The Magi を紹介しないといけないでしょう。ここで、Magiは「マギ」ではなくて「メイジャイ」と発音します。キリストが厩で生まれたときに、東方からの賢者(Magi)が来て、贈り物をした。それが、クリスマス・プレゼントの始まりといわれます。
物語は二人の愛し合っている夫婦。だが、クリスマスに相手にプレゼントをしようにも、それを買うお金がない。そこで、デラは、自分の美しい髪を売ってお金を作り、ジムの時計につける鎖を買うことにした。一方ジムは、デラの髪にふさわしい櫛のセットを、自分の時計を売って購入する。
この短編について、1976年生まれの日本の女性作家は、次のように書いています。
「大切なものを売って、買ったものが、『相手の外面を飾るもの』であることが、疑問を感じる原因だ。この夫婦はたぶん、『生活』の何たるものかがよくわかっていないのだ。『愛で結ばれた若い男女』を演じるのに頭がいっぱいで、そんな自分が選んだ相手が、人からよく見られれば満足なんだろう。『立派な旦那さんだね』『きれいな奥さんだなあ』。配偶者の評価が上がる=自分の評価も上がる、という考えが透けて見える。あー。いやだいやだ。馬鹿夫婦め。」(三浦しおん「ある若夫婦の欺瞞」『青春と読書』2007年11月号)
いや本当に偶然です。この冊子を電車の中で読もうと、リュックに入れていったのです。読んでびっくりしました。「おお、こわっ」。夢も希望もない。でも、このように考えるのが、現代の世相かもしれません。
O・ヘンリーは、この物語の最後に、わざわざ次のように付け加えています。
And here I have lamely related to you the uneventful chronicle of two foolish children in a flat who most unwisely sacrificed for each other to greatest treasures of their house. But in the last word to the wise of these days let it be said that of all who give gifts these two were the wisest. Of all who give and receive gifts, such as they are wisest. Everywhere they are wisest. They are the magi.
「アパート暮らしの子供のような若夫婦が、相手のために自分を一番馬鹿げた方法で犠牲にしてしまう。事件にもならない物語ではある。しかし、この相手に対する思いが二人にとっては何にも代えがたい宝物であると言いたいのです。
この二人がお互いに差し出したものは、どんなものよりも一番賢明なものであるといいたいのです。贈り物をやりとりする人たち、彼らはもっともっと、いやはるかに利口な人たちかもしれない。それでも、それ以上に、この二人は賢明だと言いたいのです。それこそ東方の賢者なのです。」
そういえば、彼は、作品のなかで
「人生は、むせび泣きと、すすり泣きと、ほんのちょっぴりの、ほほえみである」と、書いています。
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コメント
久し振りに訪問してびっくりしました。
カラフルにドレスアップされた「ボケないで生き抜く」のブログに・・・。
ますますのご健闘を・・・!。
髪飾りと時計につける鎖のお話 何度も読んだり聞いたりしました。
美しいお話だと感じておりましたが「へ~・・・そういう捉えかたも有るんだ~~」とこちらの方もびっくりです。
もうすぐXmasですが クリスチャンでも無く、若くも無い我々老夫婦はプレゼントの交換など予定無し! サンタさんからおいてけぼりのようです。
投稿 弥生 | 2007年12月20日 (木) 22時19分