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新老人3

<頭を使う>

 身体は衰えるとすぐにわかります。しかし、こわいのは頭の働きの衰えでしょう。どんなに複雑なことをしていても、同じことの繰り返しでは、回路が限られてくるようです。常に新しいことに挑戦すべきだと言われています。

 新聞を読む。それだけでなく、前後の記事をまとめて考えるのも、ひとつの方法かもしれません。

 今年の新年は、すごい幕開けでしたね。いつもは、ねずみ年には株価は上がるそうですが、今年は、三月頃までは、株価はどん底。それが一年たって、年末ぐらいには多少値上がりするのではないかという予測。円も対ドルでは、正月休みの間にアメリカ市場で一〇八円に上がりましたが、アナリストの中には九八円までいくのではないかという人もいます。そして、その後は、円が買われる要素はないのでじりじりと下がるのではないかという。なんとまあ、すごい予測ですね。

 はたしてこの予測があたるのだろうかと考えていると、四日の夕刊には日経平均が六一六円の下げ、円も対ドルで一〇八円に上がりました。本当に九八円までいくかもしれません。誰の予想が当たるかと考えたりしていると、良い頭の体操ですね。

 ただ、「たら」と「れば」をいう人の予測は信用できません。「株は安いときに買って、高いときに売れば、もうかります。」こんなのは、当たり前の話です。要するに、それができるかどうかでしょう。

 旅行の計画もいいですね。今ではパソコンでいろいろな情報が集められます。ただし、パソコンでは、細かいところまではわかりません。思わぬことに出くわすこともあります。

 昨年の北海道旅行のときのことです。富良野で駅を降りたら、その土地で有名なすし店に行く予定でした。あちこち探してやっとその店にたどり着いたのです。ところが、「今日は新築の開店祝いで、日ごろの常連客だけを招待しているので、一般客はお受けできません」ということでした。「二人だけなんとかできないか」とお願いしたけれどもダメでした。

 仕方なく表に出たら、阪神びいきの解説をしている有名な人の花束がありました。阪神はこちらでは試合はないはずだし、何でこの人、こちらにしょっちゅう来るのだろうと思っていたら、たまたま泊まった新富良野ホテルでは、その人にばったり出会ってしまいました。

 いや、実際には行かなくても、いろいろと計画するのは楽しいものです。そして、ときどき起こる意外性も旅の楽しみのひとつです。

 そして何よりも、日ごろの料理を見直しました。これまではときどき調理をするだけでしたが、家内がちょっと体調を崩したので、食事の用意をしています。これが、相当頭を使うということを、しみじみと感じました。献立を考え、店を決めて買い物に行き、手順を確かめながら調理する。この組み合わせではどのような味が出る。よし、うまくいった。

 これはまさに、最高の頭脳の訓練といえるでしょう。梅宮辰夫さん(料理は玄人肌)が、テレビで「私から料理を除いたら何も残らない」と言っていましたが、それぐらいの気持ちを持とうと自分を叱咤激励しています。

 このように考えると、頭を使うことはいくらでもありそうです。要するに、何もしないというのは、新老人にとっては、一番こわいことだと自戒しています。

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新老人2

 そこで、私なりの対処法をあらためて考えてみました。

<できるだけ体を動かす>

 朝の、テレビ体操、腹筋運動二〇回、腕立て伏せ一五回、それに毎日のウオーキング。「本当にやってるの?」と聞かれそうですが、だいたいやっています。私だけではないと思います。たいていのお年寄りは、毎日なんらかの運動をしておられます。

 だけど、このような決まった運動だけではなくて、何かにつけて、身体を動かすことでしょう。やろうと思えば、庭の手入れ、野菜作り、あるいは、小物を作るなど、狭い家でも、いろいろとやることがあるものです。

 昨年も同じことを書きましたが、「廃用性萎縮」という言葉ほどこわいものはありません。

 若いときは、余力が十分にあります。少々寝込んでも、足腰が急激に衰えるということはありません。しかし、七〇歳を越えるとまったく事情が違ってきます。ちょっとでも休むと、日常生活にすぐに響いてくるのです。意地になってでも、身体を動かす。ですから、最近は、私自身が、多少意地になっているかもしれません。それぐらいでなければ、「しんどいなあ」と、どうしても怠け癖が出てくるのです。

 それにつけても気をつけたいのは、交通事故です。一度撥ねられて入院するともう一巻の終わりです。二度とこれまでの生活には戻れないでしょう。横断歩道を渡るときも、左右だけでなく、後から左折や右折してくる車にも気をつけなければいけません。

 青信号だから大丈夫とは言えないこのごろです。そういえば、メキシコを思い出しました。メキシコシティでは、人々は交通信号を全然信用していません。こっちが青でも何時横から車が走って来るかわからないのです。現地の人は、青でも赤でもどんどん渡っているのです。「青も赤も関係ない。いつも赤信号を渡るくらいの覚悟が必要だ」と、平然と言っていました。どうやら、最近の日本は、それに近づいているようですね。ウオーキングのときは、特に気をつけたいものです。

 いや横道に逸れてしまいました。とにかく、どんなにポンコツでも動かしていると、動くものです。悪いところばかり考えて、あっちが痛い、こっちが痛いと「大事に、大事に」というのは、身体の余力をどんどん削っているのに過ぎません。

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新老人1

 二〇〇八年、新しい年になりました。一二月三一日でひとつの区切りをつけ、新しい気持ちで新年を迎える。これまでも、同じような気持ちで元旦を迎えてきました。

 今年は少し事情が違うのです。「新老人」になってはじめての正月だからです。「新老人」というのは、あまりなじみのない言葉かもしれません。あの有名な日野原重明先生が名づけられた名称です

 六〇歳で還暦というけれども、これは「人生五〇年」といわれていた時代のこと。今では、六〇歳は新しい人生の始まりであって、これまで果たせなかった自分の生き様を、より充実したものにしていくためのスタート地点にすぎない。六五歳から七四歳までは、まだまだ油の乗り切ったころで、心身ともに成人とほとんど変わらない。その六〇歳から一五年たった七五歳になって、初めて本当の老人と考えられる。そこで、七十五歳以上を「本当の老人」と考えることにしたということです。(『人生百年私の工夫』の「はしがき」)

 この言葉には、さまざまな意味が込められているようです。日野原先生は、人生まだまだこれからだと、ものすごい勢いで、しかも、さまざまな方面にわたって活躍しておられます。確かにそうですが、私たち凡人には、それほどぴんぴんとはいかない。あちこちにがたがきている。それが普通とは思います。

 第一に、七五歳になると、身体の状況がこれまでとは違うということです。もちろん七五歳で急激に変わるわけではないでしょう。しかし、例えば、もうこの年齢になると、がん検診にいく必要はないでしょう。仮に、ガンが見つかったとしても、今さらあわてて治療すべきかどうかは迷うところです。

 手術を受けたり、抗がん剤を投与されたり、放射線で治療を受けたりと、いろいろと治療を受けても、それはせいぜい五年から一〇年の病院通いの時間になるだけ。手術をしなくても、この年齢になると、ガンの進行はきわめて遅いので、そのままでも五年はもちろん、一〇年ぐらいは生きられるかもしれないのです。

 そのように考えると、一つの諦観ができてくるのではないでしょうか。車と同じでしょう。いつまでも新車のようにピカピカで、なにもかも完全というようには行かない。ポンコツであちこち痛んでいる。それでもそれを、どのようにして、だましだまし使っていけるか。むしろ、そうすることによって、自分の身体にたとえようのない愛着ができるのです。

 新年早々の考えが、とんでもないことになってしまいました。でも新聞やテレビで報道されるように、有名人のほとんどは、七五歳から八五歳の間でなくなっています。別に私が有名人というわけではありませんが、もう危険区域にはいていると考えるべきでしょう。新老人にとっては、「人生の終わり」というものは、遥かかなたにあるのではなくて、日常にあることを、年の初めに覚悟しておく。これが私の年頭の所感になりました。

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